Japanese
Ilya Kuznetsov
~プロフィール~
1988 モスクワアカデミックコリオグラフィックスクール入学。同校は1778年に設立されたロシアで最初のバレエ学校。在学中ボリショイ劇場をはじめ、アメリカ、フランス、ドイツ等で公演に参加する。同じ頃、ミハイル・ゴルバチョフ氏に招かれ「ヤング・タレント(若い才能)」というコンサートに出演。
1989 ワシリーエフ氏に招かれ、ボリショイ劇場にて「アニュータ」に出演。
1990 同校卒業
1992-1994 ソリストとしてボリショイ劇場に所属。その間アメリカ主要都市、日本、フランス、香港、台湾、ドイツ、オーストリア、イタリア、スペイン、イギリス等で公演する。
1994-1995 フェデラルクラシカルバレエシアター(1994年設立)ソリスト。
1995 ロシアインペリアルバレエにプリンシパル・ソリストとして入団。インペリアルバレエはマイヤ・プリセツカヤが率いるロシア屈指のバレエ団。ヨーロッパ、ロシア、日本、アメリカ等で公演に参加。同団所属中には、プリセツカヤをはじめ、マラーホフ、ゼレンスキー、デュポン、ジュリー・ケント他バレエ界を代表するダンサー達と共演する。
1996 ブダペストヌレエフ記念国際バレエコンクールファイナリスト。サンクト・ペテルスブルグにて開催された、マイヤ・プリセツカヤ国際バレエコンクールファイナリスト、及びモダンバレエの部で特別賞受賞。
1996 キーロフ劇場にて、ジャンナ・アユポワと「ラ・シルフィード」を上演。同年、ニューヨークで開催されたプリセツカヤ.ガラでナデジュダ・パヴロワと「ラ・シルフィード」を演じ好評を得る。
1997 マイヤ・プリセツカヤと共にピエール・カルダン氏に招かれ、フランスのスペースシアターにて「ヴァイオリニスト」を演じ好評を博した。
1999-2000 渡米、サンディエゴに在住する。サンディエゴバレエにプリンシパルダンサーとして入団。2001年退団するまで全レパートリーの主役を務める。2001年4月ソニア・アロワの追悼公演に出演し、アラバマバレエ、サクラメントバレエ、カリフォルニアバレエ等のプリンシパルと共演。サンディエゴバレエ退団後、サンディエゴシティバレエにプリンシパルとして入団。「胡桃割り人形」、「ピーターパン」他多数の作品に主演。在米中はダンサーとして活躍する傍ら、団員の指導に当たるなどバレエ団のレベル向上に貢献した。
2001年9月、インペリアルバレエのフィンランドツアーにマラーホフ、ジュリー・ケントと共に参加。「パキータ」の主役を踊る。
10月、同バレエ団の日本公演に参加、「海賊」を踊り好評を得る。 プリセツカヤ、ルジマトフ、ガリムーリン、草刈民代と共演する。
2002年5月、自ら芸術監督を務め出演もしたガラ公演「ロシアバレエの夕べ」”Evenings of Russian Ballet”はサンディエゴのバレエ界に衝撃を与えた。ロシアや日本からダンサーを招き古典の代表作品を始めコンテンポラリー4作品を披露。当地初の試みでもあり、高く評価された。
2002 8月、カリフォルニア州、アポロに於いて「イノギュラル・ガラ」に出演。第一幕で「海賊」、第二幕では眠りの森の美女より「青い鳥」のグラン・パ・ド・ドゥを演じる。パートナーはインペリアルバレエのプリンシパル、イリーナ・スネルワ。このガラに於けるその他の主な出演者は、ボリショイの大スター、ニコライ・スカツェリーゼ、マリア・アレキサンドローワ、コロラドバレエのプリンシパル、マリア・モシナ、サンフランシスコバレエのプリンシパル、ギナーディ・ネドヴィギン他。
東京の金田・こうのバレエ団公演、「胡桃割り人形」全幕に王子役で出演。
9月、アポロで開催された「ハーベスト・ガラ」に再度招待される。第一幕でコロラドバレエのプリンシパル、マリア・モシナと「薔薇の精、第二幕では元キーロフバレエのオルガ・チェカチョーワと「ラ・シルフィード」を演じ高く評価された。
12月、東京の青山劇場において上演された「クリスマスの贈り物」に客演。金田・こうのバレエ団による「胡桃割り人形」に王子役で出演した。
2003 2月、Bunkamuraオーチャードホールにて開催された、「バレエの美神」に出演。ナタリア・レドフスカヤをパートナーに「ラ・シルフィード」を演じ好評を得た。このガラではマイヤ・プリセツカヤ、ファルフ・ルジマトフ、イヴリン・ハート、シャルル・ジュド、ユリア・マハリナ、ディアナ・ヴィシニョ-ワ、エレーナ・フィリピエワ、デニス・マトヴィエンコ、イーゴリ・コルプなど、バレエ界を代表するスター達が出演した。
現在モスクワを拠点に世界各地で客演する傍ら、マスタークラスに講師として招かれる事も多い。ボリショイバレエ大学在学中。

